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部員ナカムラタカシです。ぼくの「やまがた」は「だんごの国」です。

いまではあたりまえのように「ずんだ」と呼ばれている、枝豆をすりつぶしたあの緑色したどろどろの物体は、ぼくがこどものころの実家では「ぬた」と呼ばれていました。いまでもぼくの父と母は、「ずんだ」とは呼ばずに「ぬた」といいます。だから「ずんだ」のだんごのことを、彼らは「ぬただんご」と呼び、それは父も母もぼくも、いまでも大の好物です。

もう25年以上もまえのことでしょうが、ぼくが子供のころは、「ぬた」もじぶんのうちでつくることがたびたびありました。さやから取り出した枝豆をすり鉢にいれて、そこにたっぷりの白砂糖を加えて、ひたすらする。それだけです。でも、けっこう疲れるし、するのは以外にむずかしい。それに、じぶんでつくってみると、砂糖というものをこんなにも使うものかと初めてわかって、驚いた記憶があります。また、お店で買ってきた「ぬた」がやたらと甘かったりやたらと鮮やかな色だったりすると、なんか入ってんのかな?と不思議に思ったりするようになったものです。

枝豆、というものが、夏が旬のものであることを知ったのは、酒田で枝豆もぎのバイトをするようになってからのことで、それはずいぶんと大人(中年?)になってからのことでした。学生のころ居酒屋にいけばいつでもあるメニューだし(たぶんそれは冷凍モノだったのでしょう、そういうこともそのころは全然なにもわからなかった)、おマメなんて季節には関係のないものだと勝手に思い込んでいました。でも、枝豆が夏のものだとようやくわかってから、ぼくの頭のなかにぼんやりとした記憶として残っている、「ぬた」を作った思い出が、夏の盆をすぎたころのものなのだろうと、今になってわかってきました。盆という季節に、家族がそろって、先祖に祈りを捧げたりする、そういう大事なときだったから、時間をかけて手間をかけて「ぬた」をすっていたのかな、と今にしてようやくそのことが思い当たります。

いまは10月、枝豆の季節も終わろうとしていますが、もういちど家族で「ぬた」をつくる日が、そう遠くない未来に来るような気がしています。あんなふうな「ぬた」の風景のある一日を、なんとなく再現したいと、じぶんが望んでいるような気がしているのです。「ぬただんご」を、どっかのお店から買ってきた方が、便利でおいしいとしても。